あとは・・・◇◆ トランプ大統領が「一般教書演説」で韓国に触れなかったことの意味 ◆◇
中国による「知的財産の窃盗」を明言
米国のトランプ大統領が2月6日(日本時間)、政権の基本課題を示す一般教書演説を行った。 率直に言って、目新しさに欠けた印象である。 議会下院の多数派を野党、民主党に握られ、大統領は安全運転に徹するのだろうか。
中国との貿易戦争や朝鮮半島情勢など緊張が続く中、今回の演説はトランプ氏の姿勢を占う材料として注目された。 当初は1月29日(米国時間)の予定だったが、政府機関の閉鎖が長引き1週間遅れになった。
フタを開けてみれば、拍子抜けといってもいいほど、中身は乏しかった。 2月27、28両日にベトナムで北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と2回目の会談を開くことが明かされた程度である。 それも事前に報道されていた内容をなぞっただけだ。
北朝鮮について、あとは「私と金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との関係は良好」とか「私が大統領に選ばれていなかったら、北朝鮮と戦争になっていた」 「核実験やミサイル発射は止まった」 「拘束されていた米国人は帰国できた」といった程度である。 これからどうする、といった話は何もなかった。
中国との貿易戦争についても「中国は何年もの間、我が国の産業を標的にして知的財産を盗み、米国の雇用と富を奪ってきた。 それはもう終わりだ、と中国にはっきり告げた」とあらためて、中国を批判をしたくらいである。
それでも「知的財産の窃盗」を大統領の口から明言したのは、成果と言えるかもしれない。
そのうえで「中国と合意するには、不公正な貿易慣行を止め、慢性的な米国の貿易赤字を減らし、米国の雇用を守らなければならない」と述べた。 一方、毎度のことながら「習近平国家主席を非常に尊敬している」と褒めるのも忘れなかった。
中国には総額2500億ドルの制裁関税をかけながら「中国が米国をうまく利用してきたことを非難はしない。 (米国の対中貿易赤字は)これまで米国の指導者や議会人がこんな喜劇を許してきたせいなのだ」と宥和的な姿勢も見せた。
演説は冒頭から「私が今夜示す政策課題は共和党や民主党の課題ではない。 米国人の課題だ」と切り出し、民主党攻撃を封印した。最後の締めでも「いまは市民として、隣人として、愛国者として、私たちを結びつける愛と忠誠心、記憶の紐帯を蘇らせるときだ」と一致団結を呼びかけた。
一致団結の呼びかけは演説の定番である。とはいえ、トランプ氏にとっては、なおさらだったろう。 昨年の中間選挙で下院で与党、共和党が大敗し、大統領の予算案や法案が成立するかどうかは、多数派の民主党が鍵を握っているからだ。
習近平は、譲らざるを得ない
大統領はメキシコとの国境に作る壁の建設費が認められない限り、暫定予算を認めず、署名を拒否した。 それが史上最長の35日間にわたった政府機関の一部閉鎖につながった。
世論の反発を受けて1月25日に署名したが、それも2月15日までの暫定である。 一部には「大統領は演説で非常事態を宣言し、国防費を援用して壁建設費を捻出するのではないか」との見方もあったが、さすがにそれは回避した。
それでも、トランプ氏は「私が壁を作る」と明言し、壁への執着を隠していない。 15日までに民主党との妥協が成立するのか、それとも再び決裂するのか、先は見えない。 ただ、演説で見せた協調姿勢を考えると、妥協が成立する可能性もある。
トランプ氏は2020年の大統領選で再選を狙っている。 再選こそが政権の最重要課題だ。 これから、すべての政策は「再選狙いで動いていく」のは確実である。
議会がねじれ状態なので、内政を強気一辺倒で押していくのは難しい。 すると、外交面で得点を稼ごうとするだろう。 中国と北朝鮮、それに韓国、ロシアとの関係はどうなるのか。
中国は「貿易戦争で米国に勝てない」と分かっている。 昨年11月30日公開コラムで書いたように、中国の米国からの輸入額は、米国の中国からの輸入額の3分の1程度しかなく、トランプ政権の制裁関税に同じ規模では対抗できないからだ。 自ら信用不安を招いて人民元が急落する懸念があるので、米国債の売却もできない。
習氏は結局、大胆に譲歩して米国との対立を貿易分野にとどめようとするだろう。 すでに、米国産大豆の大幅輸入拡大や自動車関税の引き下げなどがメニューに上がっている。 トランプ氏とすれば、もちろん大歓迎である。
だからといって、根本的な対立が解消するわけではない。 1月11日公開コラムで書いたように、南シナ海での軍事基地建設をはじめ、中国の対外膨張路線は止まらないからだ。 いずれにせよ、トランプ政権は中国を締め上げていく。
北朝鮮については、引き続き制裁圧力を維持するだろう。 具体的な非核化なしの制裁解除は考えられない。 正恩氏は中国の後ろ盾を頼みに抵抗するだろうが、米中交渉の展開次第では、むしろ中国は米国をなだめるために、北朝鮮に圧力をかける可能性もある。
問題は韓国だ
ロシアはどうか。米国にとって最大の敵は中国だ。 それはマティス国防長官の辞任後、長官代行に就いたシャナハン氏が国防総省での第一声で「中国、中国、中国に気をつけろ」と訓示した件でも、あきらかである。
そもそも、ロシアは国内総生産(GDP)でみれば、中国の8分の1の経済力しかない。 旧ソ連の栄光を思えば、プーチン大統領は、なんとしても経済を活性化させて中国を見返したいと思っているだろう。
一方、中国を主敵とする米国からみれば、ロシアとの関係を改善して中国をけん制させたほうが合理的だ。 実際、トランプ氏は一貫してロシアに宥和的である。中国をめぐって米ロの思惑は一致する可能性がある。
問題は韓国だ。 日本の自衛隊機に対するレーダー照射事件が示したように、文在寅(ムン・ジェイン)政権は急速に反日姿勢を強めている。 それは北朝鮮に対する宥和路線の加速と軌を一にしている。 私は「反日と親北容共路線は表裏一体」とみる。
なぜかといえば、文政権にとって、もはや「北朝鮮は日本と共通の敵」ではないからだ。 そうではなく、北朝鮮は「温かく抱きしめるべき同胞」なのだ。 だからこそ、北朝鮮に対する制裁解除に反対する日本が敵になる。
レーダー照射事件以降、安倍晋三政権は韓国を友好国とはみていない。 むしろ「北朝鮮に内通する敵」という疑いを強めている。 防衛省は実務者協議を打ち切った声明で「引き続き、日韓・日米韓の防衛協力の継続へ向けて真摯に努力していく」と書いているが、これは建前にすぎない。
いま安倍政権や自衛隊の中枢で「日韓防衛協力を継続できる環境にある」などと本気で考えている責任者はいない。 例外は、照射事件のビデオ公表を渋った岩屋毅防衛相くらいだろう。
トランプ政権の韓国に対するスタンスは演説でもはっきりした。 朝鮮半島情勢が揺れ動いているのに、韓国を指す「Korea」は一言もなかったのだ。 安倍首相の施政方針演説でさえ「米国や韓国をはじめ国際社会と緊密に連携」と述べていたのに、ひどい扱いだ。
いや、言い直そう。 実に適切な扱いである。 韓国は、日本だけでなく米国にも見捨てられつつある。 演説で語られなかった点にこそ、新しい発見があった。--- 現代ビジネス(2019/02/08)より 抜粋 ---